結論 ─ 参考文献 ─

 この小論は、クルプスカヤの論集『生徒の自治と集団主義』を主たるよりどころとして、彼女の生徒の自治活動の理論と思想をできるだけ忠実に紹介し、科学的社会主義の教育学が明らかにする生徒自治についての原則的な観点と、豊富な示唆を得ることを目的としたものであった。

 この小論において、この目的をいっそう確かに実現するために、以下その論旨を簡潔にまとめておきたい。

 ブルジョア学校における生徒自治には二つの類型があった。すなわち、ひとつは、アメリカ合衆国に代表されるような自治であり、それは、自由な市民を育成する手段とされていた。他のひとつは、ヨーロッパ諸国に普遍的に見られた自治の形態であり、それは、古い規律を新しい手段によって維持し、管理の重荷を教師から生徒たち自身に転嫁する手段とされていた自治である。しかし、本質においては、この2種類の自治は異なるものではなく、いずれも資本主義的な限界を持っていた。すなわち、現存体制に従順な市民を育成するという点で、子どもの教師への従属を強化するという点で、また、反集団主義的な性格を持っているという点で、そうであった。一般に、二十世紀初頭の資本主義社会での生徒自治は、ブルジョアジーの階級的支配の発現形態に過ぎなかったのである。

 革命後のロシアの学校においては、子どもたちの中に、組織的習熟を育成することが重視された。この習熟は、集団的作業を通じて形成されるのであるが、この集団的作業は、学校自治としての総会を主な場として組織されるのである。そして、総会では、見積を立てることが特に重視された。ところで、子どもたちは、ほかの人たちの役に立ちたいという欲求を自然に備え持っており、この欲求は、社会的本能と呼ばれた。ソビエト学校では、学校をほんものの社会生活に近づけなくてはならないとされ、その自治は、本質においては、社会的作業の学校とでもいうべきものとされた。この学校では、社会活動家が育成され、社会的本能が全面的に発達する可能性が与えられるのである。ここでいわれる社会活動家とは、もちろん集団主義的なそれであった。社会活動家の育成では、社会生活の諸現象に対する深い関心を育て、この関心を情緒的な高まりまで引き上げていくことが必要とされた。こうしてソビエト学校の自治は、古い、ブルジョア的な学校の自治とは本質的に異なるものであった。

 このようなソビエト学校の自治を発展させる上で、コムソモールとピオネール組織の役割は大きなものとされた。この二つの青少年組織は、児童自治の仕事の中で、先進的な役割を担うべきとされていたのである。教師の指導性という点では、積極的な側面と間接的な側面という二つの側面が併存しており、これらはひとつに統一されて、生徒たちとの間に同志的関係がきり結ばれた。そこでは、教師は自治の正しい形態をつくりあげるように影響を与えねばならないが、その影響は直接的なものでなく、間接的なものでなくてはならないとされたのである。

 クルプスカヤの生徒自治活動についての理論と思想を、日本の学校教育の中に、直接的に導入することは適切ではない。にもかかわらず、彼女の生徒自治についての諸見解を十分かつ正しく継承することは、今日、少なからぬ意義を持っているように思われる。この小論が、今日の日本の学校教育の中に生きていくためには、さらに一論要するであろう。筆者は、この作業を今後の課題として、実践的に探究していきたいと思うしだいである。

 

参考文献

『生徒の自治と集団主義』矢川徳光訳(クルプスカヤ選集第1巻、明治図書、1969年)

『社会主義と教育学』矢川徳光訳(クルプスカヤ選集第5巻、明治図書、1972年)

『国民教育論』クルプスカヤ著・勝田昌二訳(世界教育学選集第5巻、明治図書、1960年)

『集団主義教育の基礎理論』小川太郎編(講座集団主義教育第1巻、明治図書、1967年)

『クルプスカヤ入門』ソビエト教育学研究会編(明治図書、1974年)

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