第3章 第2節

第3章 学校自治における青少年運動と教師の役割

 第2節 教師の指導性

 クルプスカヤは革命前に、「未来の学校」(注61)を想定しながら、教師の指導性について次のように述べていた。

「そのような学校では、教師は、自主的に学習することを生徒たちが学びとるのを援助する、経験と知識に富んだ年長の友だちにほかならないのである。教師は生徒たちに知識を手にいれる方途や方法をさししめし、自己教育の共同作業を組織することを助け、学習という仕事ではどのように相互に助けあうべきかを教える。」(注62)

(注61・62)前掲書、「生徒のあいだでの自殺と自由な労働学校」21ページ

 教師は生徒にとって「年長の友だちにほかならない」というこの考え方は、革命後には、「同志的関係」(注63)という言葉で表現されている。この「同志的関係」という言葉で、クルプスカヤは、教師の生徒に対するどのような関係を言い表そうとしたのであろうか。これは、教師の指導性という問題に対して、ひとつの解答を用意するように思われる。

 まず、クルプスカヤが、生徒の自治活動に教師が積極的に働きかける必要について述べた箇所を引用しておきたい。

「子どもの自治にかんするすべての仕事は、教師(または学校の集団)といっしょに教師の援助等々をうけながら、処理しなくてはならない。教師の義務は、学校自治の組織化とそれのもっとも合理的な運営をあらゆる手をつくして促進することにある。」(注64)

(注64)前掲書、「学校の組織的・教育的影響」135〜136ページ

「教師は、子どもたちと自治について話しあい、あれこれの欠陥を子どもたちといっしょに評価するという形式で、きわめて重要な仕事をしなければならない。」(注65)

(注65)クルプスカヤ「『総合技術学校における児童自治令』案にたいする所見」(1932年)『選集、1巻』161ページ

 また、クルプスカヤは、「教師は、授業中にも、遠足のときにも、作業台についているときにも、机に向かっているときにも、子どもたちの注意を、組織問題の方へ向けさせねばならない」と言い、そうすることによって、「子どもたちは次第に、生活が提出した問題の集団的な解決に正しくとりかかる習熟を手にいれて」いき、このことが、「自治の問題を遂行するためにはどうしたら自分たちはもっとよく組織されうるかという問題にも、意識的に対処する能力をかれらにあたえる」(注66)と述べて、教師の生徒に対する意識的な組織面での指導について言及している。

(注66)前掲書、「学校自治と労働の組織化」78ページ

 それでは、生徒の自主性に関しては、教師はどのような姿勢で臨まねばならないと、クルプスカヤは考えていたであろうか。

「組織にかんする点では、子どもたちに自主性がゆるされていなければならない。」(注67)

(注67)前掲書、「『総合技術学校における児童自治令』案にたいする所見」161ページ

「教師は生徒たちに完全な自主的活動をゆるさねばならず、また自分の権威をもってかれらをおさえつけないように努めねばならない。」(注68)

(注68)前掲書、「学校の組織的・教育的影響」136ページ

「教師は着想をしめし、助言で援助すればよいのであって、教師が主要な働き手となってはいけない。子どもたち自身が、自分に問題を課すべきであり、かれらが結果を見積ることを学ぶべきである。」(注69)

(注69)前掲書、「学校の社会的に必要な作業という問題によせて」111ページ

 つまり、教師は自治の正しい形態をつくりあげるように影響をあたえねばならないが、その影響は直接的なものではなく、間接的なものでなくてはならないのである。

 以上の論点をまとめれば、教師の指導性には二つの側面、つまり、積極的な側面と間接的な側面とがあるのである。この二つの側面はひとつに統一されて、生徒たちとの間に「同志的関係」を生むのである。したがって、生徒たちの自主活動力の発達を教師が指導するといった場合も、教師たちと生徒たちとの間に年長の同志と年少の同志との正しい関係が存在していることが大切なのである。

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