第1章 第2節

第1章 ブルジョア的学校自治の批判

 第2節 ヨーロッパの学校における生徒の自治

 ヨーロッパにおいても、学校の自治が取り入れられるのであるが、アメリカの場合とはその特徴を若干異にしている。

 クルプスカヤは、スイスの教育者であり、当時のヨーロッパの教育学の世界に広範な影響力をふるっていたフリードリッヒ・フェルスター(Friedrich W. Förster)の自治観について、しばしば検討を加えている。彼女は、フェルスターが、ヨーロッパの学校の現実をどう見ていたかについて、次のような興味深い記述をしている。

「なぐったり、どなったりなどして学校規律を維持するという古い方法は、効果がないことが分かっている。今日、子どもたちはすでにそういうものではなくなっている。とくに、大きな都市や工場地帯ではそうであって、かれらに外からの暴力をふるっても、なんともならない。家庭生活が別のものになっている、子どもは家と街とでは別のことを耳にしている、そして盲従の能力がますます失われていく。」(注8)

(注8)クルプスカヤ「学校自治について」(1911年)『選集、1巻』28ページ

 筆者は、この記述の中に労働者階級の力強い姿を読み取るのであるが、それはさておき、フェルスターは、このような現実認識に立って学校自治を熱心に支持していたのである。しかしながら、このことはフェルスターを高く評価することにはならないのである。クルプスカヤは、フェルスターが学校教育でめざしているものが、「権威にたいする意義なき服従」(注9)であることを指摘し、彼が学校自治を「古い規律を新しい手段によって維持し、管理の重荷を教師から生徒たち自身に転嫁する手段」(注10)とみなしているとするどく批判している。

(注9)同30ページ

(注10)クルプスカヤ「学校自治について」(1915年)『選集、1巻』42ページ

 実は、この点にこそ、当時のヨーロッパの学校自治の支配的な特徴があるのであり、フェルスターはその代表者であった。こうした自治観は、自治が行われる土台となるいわゆる学校憲法の作成過程にも反映している。当時、ドイツでは、学校自治の賛成者たちの多数が、学校自治の憲法は教師によって与えられねばならないと考えていた。クルプスカヤは、教師が学校憲法の内容を規定することによって、「かれは学校の、また学校生活の、全精神を規定する」(注11)と指摘している。このような形態をとって自治が導入される際には、万事はもとのままなのであり、事柄は単に、子どもたちを本物の良心から従うようにさせるということに過ぎないのである。つまり、「強制を純粋に外的なものから道徳的なものに変える」(注12)ことによって、古い規律が維持されるというわけなのである。

(注11)前掲書「学校自治について」(1911年)29ページ

(注12)同29ページ

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