序論

 この小論は、ロシアの著名な革命家、マルクス主義教育学の創始者であるナヂェージダ・コンスタンチノヴナ・クルプスカヤ(1869-1939年)の論集『生徒の自治と集団主義』(明治図書刊)を主たるよりどころとして考察する。その叙述では、筆者が設定する項目についてのクルプスカヤの論述や命題を、できるだけ忠実に伝えることを第一義的な課題としている。本論は三章に分け、第一章:ブルジョア的学校自治の批判、第二章:ソビエト学校における生徒の自治、第三章:学校自治における青少年運動と教師の役割、としした。

 今日、日本の教育の民主的な発展を考える上で、「自治」の概念を欠落させることは、重大な誤りを犯すことになるように思われる。また、今日の日本の歴史的な課題を、国民が自らの手で達成するためにも、自治の能力・自治の力は必要不可欠なものといわねばならない。

 しかし、今日の学校教育の現実は、生徒の集団的で自主的な活動を全体として押し殺している。テスト主義・受験体制が、生徒をばらばらにし、学校生活の大部分やその他の生活までがその中に繰り込まれている。そこでは、自分の頭で考え、人前で自分の意見を言い、友達と一緒に何かを行うといったことは、ばかげた許しがたい迷惑行為とされている。人の心は所詮わからないものだ、人は結局孤独なんだ、という迷信が、まことしやかにささやかれている。みんなが力を合わせれば、すばらしい可能性が開けるといったことは、全く忘れられているか、不信がられている。教育課程上の領域としての教科外活動でさえ、形式だけが整えられているか、さもなければ、活動の前提となる設備がそもそも不足しているといっても過言ではない。

 こういった今日の日本の学校教育の現実は、クルプスカヤが描いた二十世紀初頭のロシアの現実とどれ程の違いがあるというのだろうか。

 この小論では、ロシア革命を準備する時期とその後の社会主義建設の中できたえあげられた、エヌ・カ・クルプスカヤの生徒の自治活動の理論と思想を明らかにし、そのことによって、今日の日本の学校教育の中での生徒自治の諸問題の直接的な解決にはならないが、科学的社会主義の教育学が明らかにする生徒自治についての原則的な観点と、豊富な示唆を得ようとするものである。

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