子どもの笑顔に国境はない(11)

ベトナムの学校へ子どもたちに会いに行こう①

 今回からは、4回に分けて、ベトナムの学校のことや子どもたちのこと、先生方のこと、教科書のことなどに触れてみたいと思います。ただ、あらかじめお断りしておかなくてはならないことは、当然ながら、筆者が見聞きしたり経験した範囲内での話であるということです。それ自体は事実でも、それらがベトナムの教育全般に一般化できるとは限りません。その点にご留意下さい。

先生たちの放課後

 ベトナムの学校を訪問すると、校門から通路の両側に子どもたちや先生方が並んで出迎えてくれます。太鼓やシンバルの演奏があったり、花束をいただいたり、赤いスカーフを付けてもらったこともあります。

 通される部屋には、大きく楕円形に近い形にテーブルが並べてあり、前方の壁の中央にホーチミン首席の胸像が置かれています。この部屋は、来客を出迎える部屋、つまり応接室か会議室なのですが、日ごろは別の使い方がありそうです。日本の学校には必ず職員室があり、教師一人ひとりに机がありますが、そのような部屋は、ベトナムの小・中学校にはありませんでした。この部屋は、先生方がちょっと休憩したり、お茶を飲んだり、おしゃべりをしたりする部屋でもあるのでしょう。

出迎えの部屋 円卓とホーチミン首席の胸像がある

出迎えの部屋 円卓とホーチミン首席の胸像がある

 ここで当然のことながら、ある疑問が湧いてきます。職員室がないとしたら、先生方はどこで教材研究や事務的な仕事をしているのかということです。また、昼の時間や放課後はどうしているのかということです。

 実はそのように考えること自体が、とても日本的なことが分かりました。

 筆者は、2003年からハノイの南方百数十キロメートルにある地方都市のタインホア市のディエンビエン第二小学校との交流を行っています。その学校へ幾度か行くうちに、筆者もそのことに疑問を持ち、放課後、先生方がどうしているのかを知りたいと思いました。学年によって授業の終了時刻がちがうのは日本と同じですが、放課後になっても先生方がどこかに集まっている様子はありません。そこで、子どもたちがかばんを背負って教室から出ていく様子を見ていると、先生は教室に鍵をかけて、かばんを持ってバイク置き場の方へと向かいました。つまり、先生方は子どもたちが教室から出ると退勤しているのです。私たち訪問者は、子どもたちの登校時刻前に、学校に行ったことはないので、朝の先生方の動きは分からないのですが、出勤すると直接教室に行かれているのかも知れません。

子どもたちを送り出した後は、教室に鍵を締めすぐに退勤します

子どもたちを送り出した後は、教室に鍵を締めすぐに退勤します

 校舎のつくりは、日本とはだいぶ違っています。それはベトナムの気候によるのでしょう。教室横には廊下があるのですが、2階の廊下はベランダのようになっていて、窓などがあるわけではありませんし、1階は直接どこからでも庭に出られます。ですから、校舎の戸締まりは、それぞれの部屋毎に鍵をかけることになります。逆に教室に入るには、その教室の鍵さえ開ければよいのです。

 このような校舎のつくりですから、先生方も直接教室へ出入りでき、放課後も直接教室から退勤できるのです。

昼の時間

午後1時に登校する子どもたち

午後1時に登校する子どもたち

 では、先生方は、昼の時間はどのように過ごされているのでしょうか。 この昼の時間は、2時間30分ほどもあります。日本とは違ってかなり長いと思ってください。というのは、ベトナムでは大人もですが、昼寝をする習慣があります。子どもたちは教室で昼寝をします。先生方の中でおそらく担任でない先生方は、前述の応接室で寝ることもあるのでしょう。ですが、昼の時間に先生方の姿はあまり見かけません。先生方はどこに行かれたのでしょうか。

 ベトナムでは、まだまだ午前と午後に分かれて学校へ通う二部制があるようです。ディエンビエン第二小学校では、終日の授業に向けて努力をされているようですが、一部の子どもたちは、午前中の授業が終わると家に帰って行きます。

 まだ筆者にもよく分からないのですが、先生方も自宅に帰っているのでしょう。ベトナムの小学校の先生方は、ほとんど転勤がありません。自分の学区に住んでいる先生方も多く、近いので昼食を食べに帰宅し、昼寝もしているのでしょう。

 ところで、この学校の先生方の人数ですが、40名を越えます。児童数が1000名ということですから、なるほどと理解できるのですが、学校にいるとそんなに先生方がいらっしゃるようには思えませんでした。2004年に訪問した時、学校が夕食会に訪問団を招待してくださったのですが、その時初めて「こんなに先生方がいたのか」と驚きました。確かに40名ほどの先生方が夕食会に参加されていました。けれども、教室数は20位しかありません。つまり、先生方も午前の部と午後の部で入れ替わっていると考えるのが妥当のようです。

 ですから、先生方が午前の授業が終わって帰宅するということは、そのまま退勤するということなのでしょう。そして、午後の授業が始まる頃に、午後を担当している先生方が出勤されるのでしょう。  そこで、更に疑問が生じるのです。では、いったい昼の時間も学校に残っている子どもたちの世話は誰がしているのかという疑問です。

 学校に残っている子どもたちは、11時前にはもう給食の時間です。子どもたちは、日本とは違ってランチルームで食事をします。給食の時間の前になると、ランチルームでも調理員さんが忙しく働いています。子どもたちのテーブルの上に配膳をするのも、調理員さんの仕事です。  

給食は11時前からランチルームで楽しく会食 男女別々で食べているテーブルも多い

給食は11時前からランチルームで楽しく会食 男女別々で食べているテーブルも多い

  ところで、このランチルームでは、先生方の姿は数人しか見かけませんでしたし、一緒に食事をしているようではありませんでした。日本では、担任の先生には給食指導というものがありますが、この国では、給食のお世話は担任の先生の仕事ではないようです。

 調理室を覗いてみると、調理員さんがとても多いのに驚きます。給食を食べる子どもたちは、200名から300名程度なのでしょうが、後で写真を見ると13人の調理員さんが写っていました。   

調理員さんと日本製のきなこ餅を作って、子どもたちにプレゼントしました

調理員さんと日本製のきなこ餅を作って、子どもたちにプレゼントしました

  給食が終わる頃、教室を覗いて見ると、子どもたちが机の上に板の台を載せて、その上に寝具を敷いています。昼寝の準備です。

 再び1時過ぎに教室を覗いて見ると、寝具の片づけが始まっていました。大人の方がいますが、先ほど見た調理室の方と同じ服装でしたから、調理員さんなのでしょう、寝具の片づけをしておられました。子どもたちの昼寝のお世話は、調理員さんの仕事のようです。それで、調理員さんの人数が多いわけが少し分かったように思えましたが、この方々のことを日本のように「調理員」さんと呼んでよいのかよく分かりません。   

寝具の片づけ 調理員さん?のお仕事のようです

寝具の片づけ 調理員さん?のお仕事のようです

 再び、調理室を覗いて見ると、給食が終わったはずなのに、午後からも何かを作っているようでした。明日のしたくでもしているのかと思っていたのですが、3時頃になってそのわけが分かりました。教室に行ってみると、おやつを子どもたちが運んできていました。これこそ「3時のおやつ」なのです。それで、更に調理員さんの人数が多いわけが分かったように思えました。

手に持っているお碗に「3時のおやつ」が 立ち食いもOKなのが良い所

手に持っているお碗に「3時のおやつ」が 立ち食いもOKなのが良い所

3時の休憩時間 校舎は4棟ある 左上のビルが筆者たちの宿泊ホテル

3時の休憩時間 校舎は4棟ある 左上のビルが筆者たちの宿泊ホテル

教師の仕事

 ベトナムの小学校では、担任の先生は純粋に教えるのが仕事のようです。それで本来当たり前なのでしょうが、日本の学校の先生は、本当にあれやこれやをこなさなくてはなりません。「教諭は、児童の教育をつかさどる」とは学校教育法がいうところですが、実態はあまりにも多くのことがあり過ぎて、教材研究さえ時間外労働になっています。

 その教材研究のことですが、ベトナムの小学校の先生方はいつしているのかが全く分かりません。正直、学校ではしていないように思えます。ディエンビエン第二小学校の場合は、図書室兼教材室のような部屋があって、子どもたちが使っている教科書がたくさん置かれていますが、教師用に教科書の指導書もありました。この指導書を使えば、いつもいつも教材研究をしなくてもきっと教えられるのでしょう。

 日本では、教材研究をすれば、必ずと言ってよいぐらい何かプリント類を作るのですが、ベトナムの多くの小学校では、そんなことはしていないようです。なぜかというと、そもそも学校には、普通、コピー機も印刷機もないからです。

 蛇足ですが、筆者たちは、この数年の間、毎年ディエンビエン第二小学校を訪問し、様々なテーマで授業をしてきました。その際、いつも荷物になるのですが、授業で使うプリントは日本で必要な枚数を印刷して持っていっています。子どもたちは、日本から持ち込んだこれらのプリントを大変興味深く受け取ってくれます。

 ところで教科書のことですが、ベトナムでは、教科書を中心に売っている本屋さんや、普通の本と一緒に教科書を売っている本屋さんなどがあります。どうやら教科書は、各自が本屋さんに買いに行くようです。日本とは違って教科書は無償化されていません。先ほど、図書室兼教材室のような部屋に、子どもたちが使っている教科書がたくさん置かれていたと書きましたが、なぜそんなにも教科書がたくさんあるのかというと、卒業生などが置いていったものもあるらしいのです。その教科書を利用しているのは、筆者がその日居合わせた時には、教科書を持ってくるのを忘れた子のようでしたが、もともとは、教科書を買いそろえるのが経済的に困難な子のための備えのようです。

 教科書を売っている本屋さんには、教科書のワークブックのようなものも売っています。ただ日本と違うのは、教科書を作っている同じ会社がワークブックも作っているという点です。このワークブックが学校で使われているのかどうかは分かりませんが、もし使えば、プリントの代わりになることでしょう。

 ベトナムの小学校では、そんな事情ですから、どうしても教科書中心の学習になってしまうのでしょう。それにしても子どもたちは、どの子も(本当にどの子も)とてもきれいな字をノートに書いています。プリントがなくても、きっとしっかりと先生の話を聞いたり、板書を写したりして、勉強をしているのでしょう。  

どの子も文字をとてもていねいに書きます

どの子も文字をとてもていねいに書きます

子どもたちの自由

 休み時間になると、中庭がにわかに騒がしくなります。全校の子どもたちと先生方が、中庭に学級ごとに並んで体操を始めます。学級にもよるようですが、列の前方で何やら号令をかけている子もいます。日本の業間体育のようにも見えます。ですが、結構和やかに行われています。この体操は短い時間で終わり、後は自由のようです。筆者たち来訪者が一緒にいると、子どもたちはノートとボールペンを持ってきて、延々サイン会が始まります。ちょっと有名人にでもなった気分です。  

業間の体操 制服を着ていない子も多い

業間の体操 制服を着ていない子も多い

 ちなみに子どもたちの主な筆記用具はボールペンです。鉛筆を持っている子はいないように思えます。その一度書けば消すことのできないボールペンで、授業中とてもていねいに筆記をしているのです。書きまちがうことがないのかと心配するのですが、どのノートを見ても、書き間違いがないように見えるので、それがとても不思議です。

 休み時間の教室では、ダッカオというバドミントンのような羽根で遊んでいる子がいます。このダッカオの羽根は、校門に入ってすぐ横の購買でも売っていました。足でける競技で、羽根は軽いので回りの物に当たっても壊す心配がなく、また少しのスペースでも楽しめる遊びです。その他、マンガの本を読んでいる女の子や、レゴで遊んでいる男の子もいました。いずれも家から持ってきたのでしょう。

 ディエンビエン第二小学校には制服がありますが、筆者たち来客が来訪する時も、着ていない子がたくさんいますから、徹底しようとしているわけではないようです。

 女の子の中には、結構たくさんの子がイヤリングをしています。これは、次回に紹介する予定のディエンビエン中学校でも同じで、日本流に言えば「勉強にじゃまになる」おしゃれなのですが、こういったことが自由なのも、改めて考えてみれば当然のことなのでしょう。

イヤリングをしている子も多い

イヤリングをしている子も多い

 ベトナムの子どもたちにとっては、先生は大変厳しい存在で、先生の言いつけをすごくよく守るようです。また、小学校を卒業するには、卒業試験に合格しなければなりません。そんな厳しさの中にも、日本の子どもたちと比べれば、子どもたちの笑顔はすばらしいですし、瞳が輝いて見えます。筆者は、その違いがどこから来るのか、いつも考えさせられます。そして、併せて、学校生活における子どもたちの自由ということも改めて考えてみたいと思うのです。

教育理念

 さて、庭に出て校舎を見てみると、二階のベランダのようになっている所に看板がかかっています。とてもよく目立つところですから、子どもたちも先生方も自然と看板が目に入ります(教室の前面に掲示されていることも多い)。  

競ってより良く教え、より良く学ぼう

競ってより良く教え、より良く学ぼう

 その看板には、「THI ĐUA :DẠY TỐT-HỌC TỐT」と書かれています。この言葉は、ディエンビエン第二小学校だけの標語なのではなくて、ハノイ市内の大きな小学校でも見かけましたから、全国的に使われているものなのでしょう。「THI」も「ĐUA」も「競う」という意味で、「THI ĐUA」で「競う、率先して〜をする」という意味です。「DẠY」とは「教える」という意味で、「HỌC 」は「学ぶ」という意味です。そして、それらを「TỐT」が修飾していて「より良く」と言う意味です。ですから、「THI ĐUA :DẠY TỐT-HỌC TỐT」とは、「競って(率先して)より良く教え、より良く学ぼう」という意味になります。

 筆者は、『なるほど、これは日本とは違うな』と感心しました。この標語は、教師にも児童にも呼びかけています。その言葉が、教師にも児童にも見える場所に掲げてあるのです。日本ならそうはしないでしょう。児童に見える場所に掲げる標語は、児童用なのであって、教師を叱咤激励する標語は、児童の見えるところには掲げないでしょう。

 もう一つ感心するところは、「競って(率先して)」という考えです。この考えは、「一人ひとりが競うことで競い合いが生まれ、その結果全員がより良くなれる。一人ひとりが率先してより良くなろうとすれば、結果として全員がより良くなれる。」というものです。

 しかし、この考えは、今の日本ではどう受け止めたらよいのでしょうか。日本は厳しい競争社会だといわれ、多くの人々の犠牲の上に社会が成り立っています。競争とは、誰かを「蹴落とす」ことを含んだ言葉であるように思われています。だから、子ども同士を競争させることには必ず異論がありますし、教師同士を競争させるような人事評価には強い違和感があります。

 今の日本は、そんな現実ではありますが、そんな現実であるからこそ、筆者は改めてみんなのために率先してがんばることの大切さをこの言葉から学べたように思います。

 ベトナムは、「ドイモイ」政策の中で市場経済を取り入れていますが、社会主義をめざす国家です。「競ってより良く教え、より良く学ぼう」という考え方は、この社会主義志向のベトナムの教育目標に合っているのでしょう。ベトナム社会が理念にそって発展することを期待し、先生方と子どもたちのがんばりに声援を送りたいと思います。

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