子どもの笑顔に国境はない(4)

⑵ 歓迎の当日(7月16日)

 ディエンビエン第二小学校からの教員招聘事業は、日本・ベトナム友好協会大阪府連合会の国交樹立30周年事業の一つであることは先に触れましたが、大阪府連合会の教職員会員がいるいくつかの学校を視察訪問することになっていました。筆者の学校は、その内の最後の訪問校で、比較的ゆったり時間が設定できました。朝の9時半には来校していただき、学校の説明をした後で、午前中に2時間、3年生の教室にゲストティーチャーとして入っていただきました。給食を子どもたちと会食して、午後からはクラブ活動を見学していただきました。また、放課後に教職員との交流会を持ちました。

 さて、改めて視察団を紹介しますと、

 ◎ディエンビエン第二小学校校長
   Nguyn Th Thê(グエン・ティ・テ)

 ◎ディエンビエン第二小学校副校長
   Nguyn Văn Tun(グエン・ヴァン・トゥアン)

 ◎タインホア省ベトナム日本友好協会副会長
   Lê Văn Hùng(レ・ヴァン・フン)

ベトナムからのお客さん、右からフン副会長、トゥアン副校長、テ校長

ベトナムからのお客さん、右からフン副会長、トゥアン副校長、テ校長

の3人の方々です。ベトナムの小学校ではほとんどがそうであるように、テ校長先生は女性の方です。また、通訳としてはBaさんにお願いをしていました。

 授業の2時間の流れとしては、子どもたちがベトナム語であいさつをし、お客さんからディエンビエン第二小学校のお話を聞き、子どもたちがベトナムについて質問をし、学級と班からの歓迎のだしものをしてプレゼントを渡す、というプログラムでした。

ベトナム語で書いた絵はがきを贈りました

ベトナム語で書いた絵はがきを贈りました

 ここで、2人の作文を取り上げます。(以後の文章中において、個人名はいずれも仮名です。)

 今日ベトナムからお客様が3人来ました。教室に入ってきやった時に、「シンチャオ」と言いました。そしたら「こんにちは」と言ってくれました。一人ずつじこしょうかいがありました。わたしの番が来たので、「シンチャオ。トイテンラーさち。トイタームトゥオイ。ハンハイン。」と言いました。

 それから、しつ問をいっぱい言いました。ひでふみくんが、「先生は何人いますか。」と言いました。そしたら、Baさんがテ先生に言って、テ先生がBaさんに言って、Baさんが「先生は全員で42人」と言いました。

 最後にプレゼントをわたしました。わたしとともゆきくんで絵はがきをわたし、あきちゃんとごうくんで千羽鶴をわたしました。わたしは絵はがきをわたす時、ともゆきくんといっしょに、「これは、絵はがきです。絵はがきの中におりがみをはりました。そして、ベトナム語でも書きました。どうぞ受け取ってください。」と言いました。

 最後にしゃしんをとって、さよならをしました。

 楽しかったです。また会いたいです。(さち)

 今日ベトナムの人が4人来てくれました。わたしは、その人たちが来た時、「シンチャオ」と言いました。それからお客さんがじこしょうかいをしました。

 つぎはわたしたちのじこしょうかいが始まりました。はじめはあきちゃんからでした。あきちゃんははじめだからドキドキしていました。それからわたしの番が来ました。わたしはがんばって言いました。そしたら通じました。うれしかったです。

 みんなのじこしょうかいが終わって、ベトナムの学校について話してくれました。学校のせいとは千人だそうです。それと、先生が42人いるとは知らなかったし、びっくりしました。

 わたしはしつ問をしました。「先生はその学校に何年いますか。」

 すると、31年いるといわったので、またびっくりしました。

 それと、本物のアオザイが見られてよかったです。アオザイはとてもきれいでした。わたしも大きくなったら、アオザイを着てみたいです。

 それから、歌を歌ったりプレゼントをわたしたりしました。ドキドキしました。でも楽しかったです。(ともみ)

 当日は、新聞社が取ざいに来て翌日の紙面に掲載されました。また、交流の様子については、学級通信に掲載し、保護者にもお知らせしました。

⑶ 平和学習への糸口

 ところで、担任の先生がおひとりで取り組んで下さった学習があります。ある町の町立図書館に「ベトちゃんドクちゃん」という紙芝居があるのを見つけられて、これを借りて来られて学習に使われました。

 この紙芝居に触発されてか、ある子が、宿題に感想を書く課題が出ていたわけではなかったのですが、家でつぎのような作文を書いて学校に持ってきました。

どうして?

 このごろせんそうの紙しばいを先生に読んでもらっています。今日は「ベトちゃんドクちゃん」の紙しばいでした。前は、「さだこ」の紙しばいをしてもらいました。わたしは、せんそうを思う時、「どうしてせんそうがはじまったの。」と考えてしまいます。わたしはせんそうが大きらいです。どうしてかというと、人をころしたりするからです。

 さい後のせんそうで、原子ばくだんを落としたのは、ぜったいゆるしません。わたしはせんそうをしたアメリカも日本もよくないと思います。どうしてというと、日本も、中国とロシアにも昔は勝ったのです。

 わたしはそれも、「どうして日本の人がせんそうをするの。」とたまに思ってしまいます。もうせんそうはやめてほしいです。(あんな)

 また、他の子たちも紙芝居「ベトちゃんドクちゃん」の印象がかなり強かったようで、9月にドクさんが来日した時、担任の先生が子どもたちに「ドクさんに会いに行って」とせがまれて、筆者といっしょに講演を聞きに行きました。

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